頭がホットなうちに書きたくて、無謀にも2つ目のタイトルでブログを作成しますが、どうなることやらです。リーマンショックによる世界的な不況は不況として従来の成功したビジネスモデルがどんどん変わっていくのを書き留めたいと思います。
1.パソコンを代表するモデルの変化
パソコンで昨年から世界を席巻しているのが台湾のASUS社の低価格ミニノートです。パソコンという製品の構成を考えると、ハードとしてCPU,メモリー、ハードデイスク、光ドライブ、キーボード、マウス、ソフトとしてWONDOWSのようなOSとワードやエクセルなどのアプリケーションソフトですね。
1-1.パソコン登場時期
アップルに引き続きWINDOWSを搭載したIBM PCから始まった頃は車1台分の価格で、FDやHD,モニター共に数十万円の価格でした。引き続き、東芝がダイナブックを引っさげてノートPCという市場を作りつつありました。この時期はまだIBMを初め日本でも大手電気機器メーカーが中心とした展開で価格競争もそれほどではなかったと思います。
1-2.DELL登場&世界制覇時期
2000年頃登場したのがDELLで先行するIBM、COMPAQ,日本メーカーを蹴散らし2台目以降の市場をSCMによる在庫を極限に削減した受注生産体制と部品メーカーへの集中発注と外部委託生産によるコストダウンによって世界シェアNO.1を確保していきましたね。日本メーカーはノートブックパソコン市場に活路を残すのが精一杯で、おまけソフトやテレビ機能の追加でなんとか日本での市場確保をしていたというところでしょう。(この時期に日本のパソコンの組立はほとんど中国と台湾に移転し、一部のメーカーがノートPCを日本国内での組立に留まりました。)
一方、ビジネス用途で生き残っていたIBMのPCは中国LENOVOにパソコン事業全てを売却ということで、益々パソコン市場はメーカー名はDELL、日本であっても中国、台湾製に化けてしまいましたね。
1-3.台湾製ノートPCの拡大
昨年2008年から台湾のASUS社によるOSが旧モデルのXPでHDDではなくSEDを搭載しアプリケーションソフトがないミニノートパソコンが5万円を切る安価で参入し、シェアを取られるのを恐れた他の台湾メーカーやHPなど5~6社であっという間にミニノートという市場を作り出してしまいました。
日本メーカーは折角稼ぎ頭であったノートパソコン市場を失うことになるので、参入を控えていたようですが、結局殆どのメーカーが今年2009年が参入しましたね。
ということで次回はこの台湾製パソコンの変化の原因を考えながら、ビジネスモデルの変化を検討し今後どのように変化していくのかを考えていきたいと思います。