2010年5月16日日曜日

標準について

新たに食のブログを立ち上げていたので、また本業がお留守になってしまいました。
ところで標準ということは何なのでしょうか?
様々な事象の中央に位置するのが標準ではありません。ある尺度においてそれが標準だと定めることが標準なのです。
何か禅問答のようでおかしいのですが、実はこれが標準の定義なのです。
メートル原器でもそうですね。地球の円周を基準として標準のメートルを定めたのに他なりません。時間もそうですね。
今、日本ではこの標準が完全に崩れています。戦後、アメリカを標準として日本に不足していることを補おうとして努力してきました。
しかしながら、今は中国、インドが標準になりつつあります。合わせて20億人の人口を抱える国家が標準になりつつあるのです。
この2国が標準となる時、日本はどうなっているのでしょうか?今の民主党政権や事業仕分けの茶番(事業仕分けの対象とした時点でもう結論は決まっている)を診ると、明らかにこの標準が置き換わりつつある事実に背を向け内向きに縮小することしか考えていないようです。
特に事業仕分けで何故一番でなければならないんですか?という馬鹿な質問をした民主党議員がいましたが、標準を独自に決められるのは一番だからこそであり、二番手、三番手が何を言おうと無視されるだけです。
標準を押さえることと維持し続けることが日本がトップランナーでいられることに他なりません。
少々世迷言になりましたが、重要なことです。