2010年12月5日日曜日

食品製造販売業の収益力強化(その1)

食品製造販売業は輸出企業の総倒れで唯一内需に活路がある業種として建設業や製造業からの参入が相次いでいますね。
まず、農業参入をおこなって農業だけではとても収益が上がらないのに気付いてもしくはその難しさに根を上げて隣接事業である食品製造業に取り組まれているのではないでしょうか?
 国の事業である農商工等連携事業を約2年支援させて頂いていましたので、相談に来られたり認定を受けて本格的に販売を開始された事業者にみられる良い点、悪い点を今後取り上げていきたいと思います。
 まず課題としてはマーケッテイングを全くできていないということです。引き続いて商品企画力、次に価格戦略ですね。
 元々異業種参入等で販売力、営業力が弱いというのも問題ですが、まずそれ以前の問題としてこのマーケッテイング、商品企画、価格戦略(価格戦略も商品企画の中に含めれますが)が最も重要です。
 「何が特徴なんですか?」と聞いて「美味しいですよ。」としか答えられないのが典型的な例です。商品そのものだけでなく誰に売りたいのかもさっぱり判らないのが本当に多いですね。食品というのは自らも消費者であることが多いのですが、それをさっぱりと忘れさられているのをみると愕然とするばかりです。
 それでは、次回へ。

雑感

メダル争いで冬季オリンピックに引き続きアジア大会で韓国に圧倒的に負けてしまいましたが、経済でも全く同じ状況になっているようです。
日本は参加者(企業)はたくさんいるが、メダル獲得者である収益でトップを争える企業は少なくなっていますね。韓国は国レベルで選択と集中をおこなっていますが、日本は相変わらず業種別に競技者である企業がたくさんいます。国策で統合させるよりも企業同士がM&Aで統合していくべきですね。
中国がその圧倒的な量をほこって多数の企業が収益をあげられるのであれば別ですが、日本は人口が50年以内に半減することを考えれば多数の企業が収益をあげられる時代は終わったといえます。
業界に企業が少なくなると多様性がなくなってつまらなくなると思われるかもしれませんが、中国、インド、アフリカの成長の状況をみる限り多様性は永久に続くことでしょう。
日本は既に負け組に入っているのですから、ドラスチックに変革を考えることが必要だと思います。しかし、今の若い世代は海外に出て行って様々なことを経験していこうという気概はないのでしょうか?
日本の中でいくら考えていても良い考えは生まれません。海外で刺激をうけることが転機になるのですが、留学する学生がどんどん減っている現状は淋しい限りです。
それでも女性はまだ頑張っていますね、特に若い男性が駄目です。

2010年10月10日日曜日

交渉するということ

尖閣諸島の問題で中国との対外折衝能力の無さが話題となりましたね。
ところで交渉するということは何でしょうか?辞書的にいえば「特定の問題について相手と話し合うこと。」となりますね。
 前提条件として話し合うことが必要です。最近、私は帰化された方と話し合うことがありましたが、帰化されて日本語はそれなりに流暢に話されるのですが、やはり1~2回の面談では中々意思の疎通が難しかったですね。
 コンサルタントを始める場で私はいつも恩師から頂いたコミュニケーションゲームというのをさせて頂き、言葉で物事を伝えることのと相手に理解させることの難しさを説明させて頂いております。
 今回の中国との折衝はやはり日頃の人脈を通じてのコミュニケーションができていなかったところから拙さが露呈したと言えるでしょう。
 交渉のポリシーの問題もありますが、前提条件としてまず話し合えているかどうかが問題です。
最近、日本の留学生が減っているのは海外との人脈形成ができなくなり将来的に心配なところです。まず、民間レベルのパイプができて、その上に国レベルの人脈が形成できる訳ですから。
 今回の事件でのポリシー問題については国会での論戦になるとは思いますし、民主党政権としてのポリシーの無さをどうやって再構築していくが直近の問題となります。
 長期的に憂慮すべきは日本人が外国の方々と話し合う機会を積極的に作っていかなければ日本沈没ではなく日本人沈没となってしまうことです。

2010年10月5日火曜日

整理するということ

整理するということはコンサルタントの原点ですね。
お客様の悩みというのは複雑多岐にわたりますが、それを解きほどき現状を把握する為にはまず整理するということになります。
 整理するにあたってはお客様からヒヤリングや書類によるデータ分析とか、お客様の置かれている市場環境の情報入手からスタートすることになります。
 しかし、単純に整理の方法を知っているだけでは駄目で、お客様が置かれている社内外の環境や時間の要素を考慮しながら、整理する基準を定めることが必要です。
 この基準をどこに求めるかがコンサルテイングの特徴でもあります。「超整理法」で有名な野口先生は時間軸ですね。
といってもコンサルタントはお客様の状況を100%知っている訳ではありませんので、基準といっても仮設設定で推し進めていくことになりますので、修正していかなければなりません。
整理作業を進めていくうちに別の課題が発見されることもあります。
 整理はコンサルテイングの原点でもありますが、極めるのが難しい終点でもありますね。

2010年9月23日木曜日

判りやすくすること

落ち着いて考える時間がなかったので本ブログをさぼっていました。というより暑すぎて仕事以外に頭を使う気力がなかったのが原因ですね。今朝は全国的に温度が下がり休日で仕事が入っていなかったので朝遅くまでしっかり熟睡できました。
 ところで、表題の「判りやすくすること」ですが、これについては藤沢先生の著作やTVでの講演である程度知られているようですね。
 コンサルタントはお客様にこれから実行しようとしていることを判って頂いて活動しなければなりません。コンサルタントはお客様から作業を請け負って仕事をするのではなく、あくまでも活動の主体であるお客様に働きかけて活動を実行して頂くことが仕事です。
 この為、お客様に活動内容を理解して頂くことが必須です。
その為に、落語でも小噺があるようにイントロでお客様の興味を引く仕掛けを作らなければなりません。コンサルタントが常駐しており、お客様がプロジェクトの要員を用意され常に会話ができている場合は別ですが、一般的に毎月とか毎週の決まった日にお客様に出向いて活動を実施しますので、毎回割く時間は別としておこなう必要があります。
 このイントロでお客様に心の受け入れ態勢を準備してもらうことが「判りやすくすること」の第一歩ですね。

2010年7月18日日曜日

常識を疑うこと

リンゴで昨今有名な木村さんの本をある経営者から頂いたので読んでみました。
本を読んで判ったことは木村さんは仮説検証型の農法を開発されたというです。発端は無農薬で農業をしてみるということからですが、何年も収穫がなくとことん追い込まれた状況の中で何故自然の中で豊な実りをしているのかということに疑問を持たれたことです。
 以降は一般の農法の常識を疑うと同時に奔放な自然農法を取っている農業者と距離を保たれ、どうしたら木が果実を結ぶのか根底に立ち戻られ、仮説をたて実験をおこない検証することにより現在の農法を開発されたと言って良いでしょう。
 ただ、常識を疑うだけでなく木村さんの考え方の基軸として農薬を使わず安全に果実を得るいはどうするかということがあった。なければ、とても10年も農業で収入がない状態を続けていくことはできなかったと思います。
 私が思うに「自然農法」という農法は存在しません。あくまでも人間が食べる農産物を得る為ですから、人為的な工夫をしなければなりません。木村さんは自然界の事象を研究し、実験しその実験結果を科学的に分析していったのですから、極めて科学的な農法と言えると思います。
 国は有機農法を規定していますが、木村さんの考えではあくまでも有機農法は特定の農法に過ぎず人間にとって害の少ない農法ではないことを見抜かれています。
 ところで、私は経営コンサルタントとして木村さんの本を読んで、経営コンサルタントに求められることは何であろうか?と考え、「経営コンサルタントは短期間で事業者に革新の為に必要な気づきを与え、それをリードし期待される成果を導くのが、その職業としての役割である。」ということを再認識しました。

2010年7月4日日曜日

先を示すということ

政治に無関心なというか無関心にならざるを得ない状況の日本ですが、選挙公報をみてもテレビでの報道をみてもどの政党も先を指し示したうえでの今なにをすべきかを訴えていないのが非常に残念です。
 選挙に勝つために直近の施策を説明するのは当然ですが、10年後20年後の将来像の為にどうすべきかの議論が全くないように思います。
 経営コンサルタントとして様々な企業の業務改革や改善に関わってきましたが、経営トップの長期の考え方がぶれていると改革や改善を推し進めることが難しいのが現実です。
 従業員は経営トップのきまぐれがまた始まったというふうに受け取らないからです。これが、熱く10年後20年後どうありたいんだと毎朝朝礼で従業員に語れば、実際に改革・改善活動というのを本気になってやろうという雰囲気になってくるわけです。
 こうなると経営コンサルタントは従業員から厳しいチェックを受けるという嬉しい悲鳴をあげるわけです。
 楽天の三木谷社長にこの雰囲気を感じます。以前はテレビで拝見しても??でしたが、最近はオーラを感じます。

2010年6月16日水曜日

探求すること

「探求すること」という言葉自体が死語のようになりつつあります。今仕事に関係のない読書は原典にできうるだけ近いものをというのをテーマとして濫読しています。
 最近、徳富蘆花の随想を読みましたが、日露戦争の直後にロシア文豪のトルストイにロシア語もできず英語が少し話せる程度で徳富蘆花一人で会いに行かれているのですね。
 この徳富蘆花の訪問をロマンロランの文章の中で、日本人はたいしたことはないが日本人の中にも優れた人が居ると評価していることに感銘を受けました。
 トルストイの文章に深く触れ、感動し本人に矢も立てもたまらず会いにいかれた訳ですが、今の日本人にこれほどのことをされる方が居るのでしょうか?
 何でもインターネットで情報を仕入れられる時代にはなったのですが、薄っぺらな解釈だけで満足して、私もそうですが探求するということが無くなりましたね。
 探求するという漢字を分解すると探し求めるということですが、現代社会の人は本当に探し求めることが無くなったのでしょうか?
 いやそうではなく一つの物事に時間をかけて判断するということができなくなった。逆に、早く判断して実行することが求められ、まず実行してから修正するというやり方に変わってしまったからではないでしょうか?
 結果として心の耐性が無くなり、所謂「切れる(短絡的な意味での)」人が増え、気に病んでは鬱病となってしまう人が増えてしまうのではないでしょうか?
 このブログも実は探求ではない表面のみの思考かもしれません。
 

2010年6月11日金曜日

物事の本質とは何かについて

本日訪問させて頂いた経営者の方から「口蹄疫と騒いでいるが、その本質(原因)は何か?」について伺いました。
物事の本質について説く立場コンサルタントではありますが、それぞれの業界においてはその道に長けた方がフィルターをかけずに客観的に観てみると物事の本質は良く判りますね。
このことは「標準とは何か?異常とは何か?」に通じることでもあります。
 すなわち、目の前に見える事象はあくまでも結果であり、しかもマスコミはその事象を画像という形で忠実に表現しているのではなく編集というフィルターにかけられて誇張されたり一部の利用によって事象とは逆に受け止められるように細工されているという前提を考慮しなければならないということです。
 マスコミやインターネットを通じてリアルタイムに事象についての情報を入手できればできるほど「おかしいね?本当だろうか?」という物事の背後に存在することについて考えるという頭を働かせるということをおこなっていないということになります。
 口蹄疫ということに立ち戻ってみると、口蹄疫という病気は昔からあったの?と考えてみると、口蹄疫の背後に存在する本質の深刻さが判ると思います。
 水俣病では劇症の患者のみが水俣病の患者として認定されましたが、八代の海にばらまかれた有機水銀の毒は劇症の患者だけでなく広範囲に一般の方々を蝕み長い間救済されなかったのです。有機水銀による害毒が本当に劇症の症状だけなのか?と本質を突き止めていれば、長い間認定されずに苦しまれたことはなかったはずです。
 本質を考えるということが如何に重要か?ということを気づかされた今日でした。 感謝!

2010年6月6日日曜日

国の機能について

ギリシャの財政危機、日本の国債発行額44兆円、民主党政権と国は本来どんな機能を果たすべきなのでしょうか?
企業は国際化社会というよりも世界全体を市場としてアメーバのような存在になりつつあり、どこの国籍かどうかということは問題にならなくなってきています。というより、国に固執していたならば企業の継続が難しくなってきています。
だからこそ、国の機能が何かということが問われているのでしょう。
企業は国境をまたいで存在できるが国民というか住民は基本的には移動できない。(出張や旅行、一時的な少人数の移動へ熱)
この国民に対して税金という国の収入に対してどんなサービスを提供すべきか?という原点に立ち返らなければならない時期になっていると思います。
まさにサービス産業の最も大きな事業単位に他ならない国という存在機能を再考するべきと思います。事業仕分けという茶番劇にマスコミは注目したのですが、この事業仕分けの対象となった事業をどんな判定基準に基づいて選択したのかが重要なはずですね。
事業仕分けの対象にした瞬間に結論は削減か縮小に決まっているのですが、本当に対象とすべき事業があったはずですが、これに対する追求はありませんでした。
 事業仕分けに拘泥したのでは本論から外れますが、人口が2050年までには8千万人程度、労働人口が5千万人程度に縮小となる日本を前提としてどう国が機能すべきか?という真剣な議論をすべきでしょう。
 10年以上も自殺者が3万人を超えているという事実は日本という国の象徴のように見えてなりません。

2010年5月31日月曜日

速いということ

タイトルは「速いということ」なのですが、最近日本が「遅いということ」のほうが目だっています。
迷走している民主党政治は論外として日本企業の判断が遅すぎるということです。企業の前線が萎縮して全ての判断が本社に集中しているのが原因なのかもしれません。
スピード経営の為に中間管理者層の人員をリストラしてスリムな体質を目指してきたのかもしれませんが、逆に前線は責任逃れで管理者層は責任を回避する為に、どんどんエスカレーションして経営トップ判断ということなのでしょうね。
以前は周回遅れでも時流に乗ることができたのでしょうが、現在は待っていたら先行者が益々大きくなりシェアを握って追いつけなくなってしまうだけです。
早く判断して実行に移す、失敗したら直ぐ止めるということが、これからの中国を中心とした世界経済の変革期に必要なことです。
経営者は管理者に責任を負わせることばかり考えずに、実行させ支援することに注力すべきですね。

2010年5月16日日曜日

標準について

新たに食のブログを立ち上げていたので、また本業がお留守になってしまいました。
ところで標準ということは何なのでしょうか?
様々な事象の中央に位置するのが標準ではありません。ある尺度においてそれが標準だと定めることが標準なのです。
何か禅問答のようでおかしいのですが、実はこれが標準の定義なのです。
メートル原器でもそうですね。地球の円周を基準として標準のメートルを定めたのに他なりません。時間もそうですね。
今、日本ではこの標準が完全に崩れています。戦後、アメリカを標準として日本に不足していることを補おうとして努力してきました。
しかしながら、今は中国、インドが標準になりつつあります。合わせて20億人の人口を抱える国家が標準になりつつあるのです。
この2国が標準となる時、日本はどうなっているのでしょうか?今の民主党政権や事業仕分けの茶番(事業仕分けの対象とした時点でもう結論は決まっている)を診ると、明らかにこの標準が置き換わりつつある事実に背を向け内向きに縮小することしか考えていないようです。
特に事業仕分けで何故一番でなければならないんですか?という馬鹿な質問をした民主党議員がいましたが、標準を独自に決められるのは一番だからこそであり、二番手、三番手が何を言おうと無視されるだけです。
標準を押さえることと維持し続けることが日本がトップランナーでいられることに他なりません。
少々世迷言になりましたが、重要なことです。

2010年4月18日日曜日

リスクをとるということ

景気が改善されているというデータを見せられても実感がないのが現実だと思います。また、子供手当てのようにバラマキとも言える将来の借金抱えこみと内弁慶政策では国の支援策に依存した事業運営はできませんね。
 したがって、自社の売上、利益を確保していく為には現状事業にしがみついていたのでは改善されることはありません。日本は既に人口減少に向かって進んでいますし、日本以外の全世界が本格的に経済成長の段階に進んでいますので、日本のみを対象とした販売展開はおのずと限界となっています。
 この結果、自社の従来の事業以外に展開せざるをえませんが、当然現状事業以外に展開する為には販路もなければ開発力もない状態のはずですね。
 しかしながら、この経営資源が不足していてもリスクをとって現状事業から人材を異動させたり、新規に人材を雇用しなければ前進することはできません。というより、逆に現状事業にしがみついているほうがリスクが高くなるのです。現状の事業が徐々にシュリンクしていくだけであれば良いのですが、事業が無くなってしまう(=ゼロになる)こともありうるからです。
 ただし、中小企業者に「ブルーオーシャン戦略」という全く他の事業者も進出していない新規新分野へ展開することは薦められません。他に類似製品もないところで、独占的に自社だけが供給できればそれは確かに売上も利益を継続的に確保することはできますが、ブルーオーシャンはまた海の砂漠とも言えるところでもあり、補給路もなく死に絶えてしまうリスクが極度に高いからです。
 中小企業では自社の経営資源を有効に展開できる隣接市場や用途展開でアメーバのように展開し、静かにシェアを獲得していくことが最も現実的なリスクのとり方だと思います。重要なのは、どの方向に進めていくのかを自社の基軸として押さえ、行き当たりばったりの評価に惑わされないということです。売れない営業部員はよく個々の事象に惑わされ疲れ果ててしまうのですが、企業全体が振り回されてしまっては立ち行くことができなくなってしまいます。
 また、リスクを取る方向を明示することにより従業員の意識付けや、従業員がこのリスク対応に協力し団結して進めることを期待できます。
 リスクと言えば悪いことと思われがちですが、リスクを明確にしていくことは今後の企業経営にとって重要なことだと思います。

2010年3月22日月曜日

育てるということ

育てるということが日本では学校教育の現場だけでなく実社会のなかでも難しくなっていると言われている。学校では教育崩壊、企業においてもこんなに就職難でも3年で辞めてしまう若者が多いと言われていますが、そもそも育てるという言葉は他人が育てるだけだったのかな?と思います。
同じ文字なのに育む(はぐくむ)は自動詞で自らが育てるという意味ですよね。
すなわち、育てるということと育むということは同時に発生していることだと思います。他人を「育てる」ことで、自らが「育む」はずなのです。
人という文字は互いに支えあっていることを表現していると言われますが、育てるも同じことだと思います、育てる過程の中で他人(自分の子供でも同じです)が育つことに影響され自らが育まれ、更に高いレベルへ成長していくはずです。相互に成長することが「育てる」という言葉の本来の意味ではないでしょうか?
 早く成長を刈り取ろうとすると自らの成長は無く薄っぺらに留まってしまうのが、現状ではないでしょうか?お互いに相手の為に慮ることによって自らが育まれ成長していくことこそが「育てる」ということだと考えています。
成果だけを得ようとして相互の影響を最低限にする教育は嘘っぱちだと思います。お互いに垣根を取っ払い本音で影響しあうことで育て育むという成果が得られるのではないでしょうか。

2010年3月7日日曜日

発想の始点について

前回考えるということについてコメントさせて頂きましたが、発想が世代によってその始点が変わることに気づきました。
コンサルタントという商売がら事業者の外側から別の視点で提案や指摘をさせて頂き、所謂「目から鱗が落ちる」とい言わしめることがコンサルタント冥利に尽きるところですが、やはり馬齢を重ねていますとその視点が固定的になってきていることは事実です。
したがって、色々な最新技術にいち早く触れたり情報入手して勉強はしていますが、どうしてもパターン(枠)にはめて考えることが楽なので視点が偏ってきます。
 東京だけでなく日本は急な寒の戻りで寒いのですが、私のような年齢となると洋服の上にコートやダウンのような上着で体を温めるのですが、私の大学生の息子はコートなんぞ着ずに、ユニクロのヒートテックを下着にして内側で体を温めるという発想で「温める」機能についての始点が異なってきています。
 もちろん、高齢になると内側だけでは体が温まらないのですが、始点が内側なのか外側なのかでは着方が全く正反対となってしまいます。
 以前は内側に着込むと生地の厚さもあって動きにくくなるので、どうしてもまず外側から温めるという始点からスタートしていたのですが、現在は繊維レベルの技術革新により薄くても暖かいというか積極的に生地自体が温める機能がついたおかげで内側からまずスタートできるのが大きく変わったポイントです。
 こんなふうに以前は当たり前のことであったが、いつのまにか変わってしまったということが良くあるはずですが、このような変化を仕掛けることができる事業者とコンサルタントは成功し続けることができるのではないか?と思います。
 私もガラパゴス化しないように、勉強!勉強!で頭を柔らかく新たな発想ができるように訓練するのみです。

2010年2月23日火曜日

考えるということ

 故小林秀雄先生の著作ではないのですがここ最近「考えるということ」が気になっています。
というのはコンサルテイングの現場であったり業務を遂行するうえで、直ぐ解答を求められたり起こした行動に対する根拠を示されないことが多いからです。
 確かに、世の中判り難いことが多くて判り易いことが良いこととされる風潮ではありますが、あまりにも安易な気がしてなりません。特に、私のコンサルテイングがVE(ValueEngineering)の方法を使ったやり方を推進していますので、余計に感じられます。
 何故、こんな複雑なことをしているのか?もしくは現状のやり方って本当にお客様のニーズにあっているのだろうか?と物事の原点に立ち返って考えるのがVEなのですが、その原点に立ち返って考えずに解答を求めたのでは何も新しいやり方や革新は生まれ得ないと思います。悩み続けて物事に本質にたどり着いてこそ基本原理を理解し、更にその原理を打ち壊す新しき原理を作りだすことができるはずです。
 また、逆に何も悩みもせずに軽く事象を捉え安易な対応を取ることによって、益々物事が複雑化したりクレームが一大クレームに化けたりし過ぎてはいないでしょうか?
 コンサルテイングの対象が大手企業でなく中小企業者であれば尚更直ぐに対策を求められることは多いのは事実ですし、対策案を出すことを期待されることは痛いほど判ります。ただし、対策案をそのまま事業者が実施してしまうのであれば、コンサルタントが「考えるということ」の派遣労働者となってしまい、その事業者にとって何も資産が残らないことになってしまいます。
 事業者自身を含む人材育成をするのであれば、考えるというプロセスは絶対必要です。この考えるというプロセスから対策実行するまでの道筋や効率的な進め方を提案し方向性を指し示していくのがコンサルタントの役割であると考えております。
 このコンサルタントがどうあるべきかも世の中の進展やコンサルタントに期待されている役割を見ながら考え続けていく必要があると思っています。

2010年2月11日木曜日

どのビジネスモデルが生き残れるか?(その6)

やっとこのテーマに戻ってきましたが、最近話題になったのはアップル社のⅰPadですね。
ハードの製造はもちろん中国ですが、コンテンツはアップルのビジネスです。
先行していたアマゾンのキンドルはネット書籍購入と閲覧でしたが、ⅰPadはⅰPhoneの延長にありながらも更に事業の幅を拡大していますね。直ぐ追いつき追い越すのだと思います。
 どのビジネスモデルが生き残れるか?ということで始めたタイトルですが、今考えるとどのビジネスモデルを創造できるか?ということが正しいのではないかと思います。
 すなわち、生き残れるビジネスモデルは存在せず、創造し続けることがビジネスモデルというべきではないか?ということです。
 日本は輸出を中心として考えてきましたが、既に国家として考えるのは税金ぐらいであって企業もしくは個人は国境をとっぱらって存在することを前提としてビジネスモデルを創造していくことが必要だと思います。

2010年1月11日月曜日

行動をおこすということ

2010年も始まりましたが、気象庁の予想に反して暖冬ではなく平年並みの寒さとなっているようです。
この寒さに震え上がって景気の悪さで何もしたくなくなるかもしれませんが、こんな時期だからこそ手をこまねいているのではなく、為すべきことを決めてひとつでも良いから実践に移すべきです。
 ただし、ただ実践するのではなく長期レンジで自社や自分が為すべきことを見据えておこなうことが肝要です。
むやみやたらに行動をおこすことは返って逆効果で足を引っ張られかねません。
計画に時間をかけ行動を起こすときには軽いフットワークでそして結果を反省し修正を計画に基づいておこなうこと、当たり前のようですがこれが最も重要なことですね。